ushi_ha_ukeの日記

ハンバーグくんの日記です

サマバレ菊大

2月14日、下駄箱に溢れかえるチョコレート、一個ずつ包装を解いて、気持ちの込められたチョコを食べて手紙を読んだりしながら数を数えて全国のテニス部員で獲得数ランキングを作る。それはもう、友達同士のささやかな競い合いとかじゃなくて、ある意味で一種のスポーツだった。俺は結構ワクワクするし、最初からいいじゃんやろうよ!って賛成の立場だったけど、大石は難色を示していた。気持ちの込められたチョコレートで順位をつけるのは…って理由だったらしいけど、贈ってくれた子達の喜ぶ声を聞いて、考えを改めたらしい。愛に溢れたいい文化だなとかなんとか言って、今はすっごい楽しみにしてる。そんで今年も発表の時がやってきた。大石は何でか知らないけど青学で唯一遥か遠くの発表会場にゲストとしてお呼ばれしてて、俺は青学の中継地で結構ハラハラしながら待ってた。俺たちが観れるのは20位からだから、35位だった俺は放送がつながった頃には既に発表されてて、自分のチョコの順位も気になってドキドキしてたけど、何よりまだ呼ばれていない大石が心配だった。直前に電話してリラックスするように言ったんだけど、やっぱり自分の名前が呼ばれないプレッシャーからか、小さな椅子と同じくらい小さくなって口数も少ない。100位以下は呼ばれないから、もしかしてそうなんじゃないかとドキドキしてるんだと思う。バカだな、そんな事あるわけないのにさ。そんな余裕を持って構えていたのに、大石が映し出された途端流石の菊丸様も後で恥ずかしくなるくらいはしゃいじゃって、更に追い討ちをかけるように桃や不二やおチビが大躍進したから、ボルテージは最高潮を超えちゃって、手塚の手が真っ赤になるくらい一方的なハイタッチした記憶がある。うわー!明日顔合わすの嫌だなー!

 


お祭りみたいで楽しかったなぁ…それで終わりだと思っていた。それなのに後日、放送では観られなかった俺の順位にコメントする大石を含めた未公開の映像が届いた。頭が真っ白になって、ほとんど覚えてないけど、英二の順位はもっと上だと思っていたとか、アイツは可愛いし…だとか…後で俺からチョコ渡しておくよ…とか、びっくりするくらいの殺し文句を立て続けにお見舞いされて、まぁ手塚にも送るって付け加えて会場を和ませていたんだけど、俺の心は和みはしなかった。あんまり、大石が俺の事をどう思ってるかとか聞いた事なかった…俺の事可愛いって思ってたんだ…すっごい照れる!アイツ、前は人のチョコに順位づけするなんて失礼だとかなんとか言ってたくせに、もっと上だと思っていたとか言っちゃって、でもそれって、理性で抑えられないくらい感情が高ぶってたって事だ。自分の順位が発表された時はもっと上だと思ってたなんて一言も言わないで、すっごい謙虚だったくせにさ。顔が赤くなる…俺はずっと大石の事が好きで、けど大石は俺の事をどこまでも清い友情で好いてくれていた。だから、あんな事は言われた事がなくて…分かってる。あんな事言っても、大石の胸の中にあるのはきっと友情だ。でも、ホントにそうなのかな…?

 


「はい、お土産」

あの衝撃から2日経って、大石は俺の部屋に居た。イベントの後になんだか渋い観光名所にも立ち寄ったらしいけど、聞き流しながら仙台って書いてある袋の中からお土産を取り出す。入っていたのはやっぱり牛タンの方じゃなくて、ずんだのチョコレート。

 


「ずんだって食べた事ないかも」

「本当かい?沢山試食させてもらったんだけど、このチョコレートが一番ずんだの味がして美味しかったんだ。気にいるといいな」

…沢山試食したんだ。俺の為?勘違いだって一蹴したいのに、熱がおさまらない。だって勘違いなんかじゃないから、大石は俺の事を本当に想ってくれている…ただそれが友情なだけ。包装紙のテープを爪で引っ掻いて丁寧に剥がす。いつもだったら破いてあっという間にチョコレートを口に頬張っている頃なんだろうけど、なんだか包装紙まで大切にしたくて、はやる気持ちを抑えながら折りたたむ。フタを開ける。綺麗な緑色が沢山並んでいる。

 


「ね、大石」

「どうした?あ、ウェットティッシュを用意した方が良いな」

「食べさせて」

「ああ良いぞ。俺の分は気にしなくて良いから好きなだけ…あ、でも夜ご飯に支障のない程度にな」

「そうじゃなくて、アーンして?」

「え?」

カバンからウェットティッシュを取り出した大石は、漫画みたいに手のひらからずるっと落として、またカバンの中に消えていった。大石の呆けた顔に、思わず茶化して無しにしてしまおうと意気地なしが顔を出すけど、ぐっと堪えて見つめ続ける。

 


「わ、分かった…」

「え!?良いの!?」

「構わないよ…じゃあ、行くぞ?」

「うん…!」

「…あ、待ってくれ、溶けてしまったからこれは俺が食べるな」

「え?」

「ごめん、ちょっとウェットティッシュ一枚取って貰ってもいいか?」

「……」

ああもう、大石のバカ!こういうのは勢いでやらないと余計恥ずかしくなるんだってば!大石は明らかに緊張してるみたいだ。解してやりたいけど、今日ばかりは俺も余裕が無い。クーラーを付けているのに、汗が止まらなくて、たかがチョコレートなのに、大石の趣味の映画を付き合いで観に行った時の、キスする前の二人みたいに緊張してる…キスかぁ…目を閉じて思いを馳せていると、いきなり甘いチョコレートが舌に投下されて、早速ジワリと溶けていく。

 


「ん?!」

「どうだ?」

「んむぅ…ちょ、ちょっと大石!もっとムードとか無いの!?俺よりお約束に詳しいはずだろ!?美味しいけどさぁ」

「え?や…やっぱりそういう事なのか…?」

大石の「やっぱりそういう事」の意味が分かるようで分からないけれど、そう言いながら顔を赤くする大石に嫌悪は微塵もなくて、満更でも無さそうだった。これは驕りとか、そういうのじゃない。こういう時に同調できて良かったと思う。

 


「ねぇ大石、キスしても良い?」

「英二…!?」

両腕を掴んで顔を近づけて尋ねる。大石は真っ赤な顔を更に真っ赤にするけど、仰け反ったりとか、腕を振り解こうとか、そういう拒絶をちっともしない。ただ瞼をぎゅっと閉じながら、俺の動きと言葉をじっと待ってる。こういうところが可愛いなって思う。格好いい大石はみんなに見て欲しいけど、可愛い大石を知ってるのは俺だけで良い。

 


「嫌じゃない?恥ずかしいだけ?」

「あ、ああ…」

「大石はしたい?」

「…したい」

絞り出すように、大石のいつ聞いてもさわやかな声が、ちょっと不健全な欲望を漏らす。答えてくれないと思ってた…本当に、期待してもいいのかな?って…流石にくどいよね。なんだ、大石も俺の事好きなんじゃん。悩んでたのが、なんだかバカらしいや。横目でチョコレートを捉えて、一つ口の中に放り込む。ずんだの味、はじめて食べたけど、どうやら大好物になる味って訳でもない。でも大石が遠い地で俺のことを考えながら沢山時間をかけて、俺のために選んでくれた。俺と大石の想いを繋げてくれた味。だから、どんな大好物よりも愛しい味。ちょっと大石に似てるかも、よく分からないけど。

 


大石の唇に指の腹で触れる。平素凛々しい眉が、少しへたっとしてるのが、なんだか可笑しくて、愛おしくて、はじめてのキスなのに戸惑うことなく唇に唇を重ねられた。額に何かの当たる感触。大石の前髪だ。想像すると可笑しくて、舌を出して大石の唇をなぞった。ふっ、大石の息を漏らす音が聞こえる。今ので動揺したんだ。可愛い…もっともっと、大石の深いところまで愛したい。大石の下唇をふにふにと弄ぶ。大石はまた息を乱す。好奇心が疼いて、舌先で大石のツルツルの歯をツンツンしたり舐めてみる。けど大石は少ししか口を開けてくれない。目を開けると、ただ顔を真っ赤にして俺の行為を受け入れようとしているのが伝わってくる。開けてくれないのは恥ずかしいからじゃなくて、多分、そういうキスがある事を知らないんだ。例え映画で見て知ってても、自分がやるなんてちっとも思ってなかったから知らないんでしょ。やっぱり可愛いよ、大石は。

歯を舐めるのをやめて、唇をくっつけたり、離したり、またくっつけたりする。それだけで、なんだか気持ちいい。キスをするたびに、大石の事が大好きだなぁって想いが膨らんで、大石の事を好きになって良かったなんて、ガラにもなく一年の頃とか思い出しながら、ちょっと泣いた。泣き声なんか出してないのに、大石は目を閉じてるくせに、それまで床に置いていた手のひらを俺の背中に回して、子供にするみたいに優しく背中を撫でてくる。やっぱり大石には敵わないや、かっこいいもん…俺も来年お前に贈るから、贈られてくる沢山のチョコの中からぜーったい見つけろよな。涙腺を落ち着かせるためにくだらない事を考えながら、ようやく唇を離す。お互いに息を整えてから、どちらからともなく目を合わす。大好きな、ずっと隣で見ていた大石の、はじめて見る顔…そんな表情見たら、またしたくなっちゃうじゃん。頰に手を添えると、大石は可笑しそうに笑った後、そっと目を閉じた。